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無理ですからのやってみましょうを重ねた結果、家族旅行に行けた話(1)

重度訪問介護がくれた「安心して暮らせる日常」

私が発症してから2年4ヶ月での重度訪問介護介入が始まりました。
以前もお話しましたが、生活の中に安心な時間が生まれたことに、心から感謝しています。発症後、家族と暮らすことさえ難しくなり、どうしようもなくレスパイト入院(家族と本人が元気に暮らすために必要な戦略的入院)を繰り返した時期もありました。あの頃を思えば、今こうして自宅で生活できていることは本当にありがたいことです。

忘れられない言葉、救われた言葉

多くの事業所、多くの支援者の方に支えていただく中で、どうしても忘れられない出来事があります。
「病気の進行が少ないうちに家族で思い出を作るのはいいですが、ヘルパーにも生活があります。キャンセルはしないでください。」この言葉は、私ではなく家族へのLINEで伝えられました。事業所の事情があることも理解しています。けれど、利用者と家族の気持ちに触れる立場の言葉として、どう受け止めればいいのか分かりませんでした。
あれから3年近く経った今でも、思い出すと胸がざわつきます。伝えた方は覚えていないかもしれません。でも受け取った側には、残り続ける言葉があります。

私は今、話すことができず、コミュニケーション機器で気持ちを伝えています。だからこそ強く実感しています。

話し言葉と、文字に残る言葉の重みは違う。人は9割の優しさより、1割の痛みを覚えてしまう。

本で読んだその言葉を、身をもって理解しました。けれど、一方で私と家族をモヤモヤから救ってくれたのも重度訪問介護のサポートスタッフさんでした。

主人と息子たちが美味しいと食べるパン屋さんにずっと行ってみたいと思ってました。けれど、片道20分かかる道のりを車いすを押して「パン屋に連れていって」とは、私のわがままであり「とても言えない」とずっと考えていました。けれども「行ってみたい」という感情を抑えきれなくて、ある日ポロリと言ってしまった。

すると私の想像を超えたヘルパーさんの返事が返ってきました。
「今から行きましょう」って私は驚きました。「えーっ!」「嬉しい」って話してから、あっという間に私はパン屋さんに向かっていました。私にはALSを発症してから初めての少し遠い散歩でした。7月の下旬。風は暑く日差しも強かった中で、閉店時間に間に合わせようと車椅子が押せるギリギリのスピードで行きました。店内はバターのとてもいい香りが広がり、並んでいるパンのひとつひとつがアート作品のように見えました。ヘルパーさんにゆっくりと店内を案内してもらい、私は主人と子供たちの好きなパンを選びました。

「パン屋さんに行きたい」ALS発症後、初めての少し遠い散歩

家に帰り、主人と子供たちが「ありがとう」と言いながら喜んでパンを食べてくれる姿が本当に嬉しかった。ここまでは、ただただ嬉しい時間でした。けれど、そのあとに、子供たちがこんな言葉をかけてきました。
「お母さんは、車椅子に座ってるだけじゃん。この暑い中、ヘルパーさんたちが片道20分重たい車椅子を押してくれてるんだよ。だから、お母さんもヘルパーさんにありがとうございましたっていいなさい」と言われ、その言葉に、私ははっとしました。私は「連れて行ってもらえた嬉しさ」でいっぱいだったけれど、子供たちのこの言葉は、「ヘルパーさんの行動力に感謝を忘れてはいけない、当たり前と思ってはいけない」と感謝を改めて言葉にする大切さに気づかされました。

パン屋に行った、ただそれだけの出来事かもしれません。でもその時間は、私と家族、そしてヘルパーさんとの距離を、ぐっと近づけてくれました。私は初めての少し遠い散歩の成功体験を経験をしたことで根拠はないけど、すぐにでも次をチャレンジしたいと考えるようになりました。

映画館への挑戦。家族と過ごした“当たり前”の時間

思っていたより、チャレンジの機会がすぐにやって来ました。
ある日、主人と子供たちが「お母さん、誕生日プレゼント何がいい?」と聞いてくれました。
私は、「物より、、、家族みんなで映画に行きたい」って言ってみました。主人と子供たちはすぐに快く返事をしてくれました。
理学療法士として働いてた頃は患者様にはどんどん外に出てほしいと伝えていました。私は外出したいのに、いざ自分が車椅子で外出する立場になると、簡単には踏み出せない自分がいました。「人の目が気になる。見られることに抵抗が感がある。」こんな気持ちがあったからこそ、家族が車椅子の私と一緒に出掛けてくれることが嬉しかったのです。人の目を気にしてどんなに悩んでもしょうがないのにないと自分に言い聞かせました。せっかく家族が映画に行ってもいいと言ってくれるから映画を楽しむことにしました。
ただ、現実はちょっとだけ問題あることに気づきました。映画は2〜3時間。胃瘻を増設している私には注入(食事)とトイレをどうするか気になりました。楽しみと同時に、ちょっとした作戦も必要になりました。

ヘルパーさんの経験とアイデアの下で、注入の道具の準備をし、注入もごく自然で人から見られることにも配慮してもらい、初めて映画館、初めて注入を行いました。私が思ってたよりもスムーズに対応するヘルパーさんの行動力に驚きました。
トイレ問題は、ヘルパーさんが声をかけてくれるため、時間はかかるが、慌てることなく安心して行けました。時間はかかるけれども丁寧に外出先でもできました。

映画は「トランスフォーマー」。私が家族みんなで見て面白いものを選んで決めた。息子たちは恋愛系は選ばない。小さい頃はドラえもん、ポケットモンスターの映画を家族みんなで見るのが当たり前で観ていました。映画を観た後、帰りの道中で「あのシーンがさ」と話しながら帰る時間が何より楽しく、今回もあの頃と同じように話しながら帰れました。それがとても嬉しかったのです。

映画館で映画鑑賞、外出先での注入とトイレの成功!です。この実感は、私の中で大きな自信になりました。

三男との約束を、もう一度叶えたい

罹患する前、我が家では長男・次男の小学校卒業祝いに、ディズニー旅行に行っていました。三男とも、「僕が6年生の時に連れてきてね」と約束をしていました。あの頃の私は、当たり前のように「3年後も家族みんなでディズニーに来ている」と信じて疑いませんでした。けれど、その後、病気がわかり、約束は果たせないままになっていました。

そんな中で迎えた、映画での外出。久しぶりに外に出て、家族と同じ時間を過ごし、「また外に出たい」と思ってしまいました。その体験が、私の中で止まっていた気持ちを動かしてくれたのだと思います。
そして私は、思い切ってヘルパーさんに聞いてみました。「旅行の支援は、できますか?」正直、断られると思っていました。でも返ってきたのは、あまりにも自然な言葉でした。「一つひとつクリアしながら、一緒に考えていきましょう」その一言に、どれだけ救われたかわかりません。
このとき、私の中で何かが大きく動き出したのを、はっきりと覚えています。「もう一度、外に出たい」その気持ちは、やがてひとつの願いへと変わっていきました。
三男との約束「6年生になったら、またディズニーに行こうね」あの約束を、どうしても守りたい。

この続きは、次回の記事「無理ですからのやってみましょうを重ねた結果、家族旅行に行けた話(2)」でご紹介します。

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