こんな生きづらい世の中に
コロナ禍になってから生きづらい。途轍もなく生きづらい。いや、コロナ禍になる前から生きづらかった。度重なる異常気象、多発する事件事故、自死など世の中を巡るニュースはしんどくなる。
こんなしんどくなる時代に精神疾患を発症する人は多くなるに決まっている。そう自分に言い聞かせてきた。きついのはみんな同じだ。生きづらいのはみんな同じだ。自分に何度言い聞かせても変わらない生きづらさ。
異例の重版となった歌集『滑走路』
歌人/東京大学副学長の坂井修一さんによるPRESIDENT Onlineの記事で #萩原慎一郎 歌集『#滑走路』が取り上げられました。
解雇前日に会社備品のペンを取り上げられ「さようならペン」…非正規の悲哀を詠む短歌が若者の間でブーム
~短歌賞の応募数は右肩上がり~https://t.co/V8AW5LDmNe— 萩原健也 (@kenyahagihara) July 30, 2023
ひふみよタイムズでも何度も取り上げた歌集『滑走路』。何度も取り上げたのでいっそ、『滑走路』だけの特集を組んでみることにした。『滑走路』の作者、萩原慎一郎さんは32歳の若さでこの世を去った。この遺稿集となった『滑走路』の発売直後に亡くなった。
非正規雇用で苦しんだ過去や儚く敗れた恋、青春の焦り、将来への希望など、繊細な言葉づかいで詠まれている。
私は『滑走路』を読むと、居たたまれない気持ちと共に切ない気持ちがこみ上げる。死んでから売れた本、という悲しい現実もあるが『滑走路』はそれだけではない、日々の生きづらさや未来に対しての希望が鮮明に描かれているからだった。
ふとした時に読みたい『滑走路』
毎日のふとした時に『滑走路』は読みたくなる。何も読書が打ち込めないときに私は『滑走路』だけは読める。それも縋るように読む。一種のコーピングのようなものだ。読みながら心の底が湿っていく感覚を覚える。透き通った真水が心の底で湿っていく。そんな感覚に『滑走路』を読むと覚える。
死にたい気持ちが消えない。「死にたい」とばかり思っている。毎日のように希死念慮が消えない。それは少なからず他の人にもあるのは知っている。毎日のように流れる人身事故の速報。年間3万人もの人が自ら命を絶っているという事実。特にコロナ禍になってから若者の自死は急激に増えた。
『滑走路』が多くの人に支持されたのは、恐らくは死にたい人が多いからこそ売れたのだろう。この歌集はそんな生きづらい世の中に寄り添う一冊になっている。
特にお気に入りの歌
箱詰めの社会の底で潰された蜜柑のごとき若者がいる
牛丼屋頑張っているきみがいてきみの頑張り時給以上だ
今日という日を懸命に生きてゆく蟻であっても僕であっても
きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい
何度もなぞるように読んだ歌。切なくなる歌には心の明るさも含まれている。解説の又吉直樹さんが指摘するように萩原慎一郎さんの弱者や一般で働いている人たちへの優しい眼差しは、決して平凡ではなく、その優しさこそが『非凡』なのだ。切り捨てる社会のほうこそ平凡で、切り捨てられる人たちに優しさを投げかける目線こそ、「非凡」だ。
私は萩原慎一郎さんのように、牛丼屋で働いているアルバイトに対してこんな優しい感情を抱くだろうか。自信がない。
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きみのため
用意されたる滑走路
きみは翼を手にすればいい☆ 萩原慎一郎
✨✨✨ pic.twitter.com/Hq0zZCbDa5
— 毬凛**maririn🌸 (@somarin_blue_82) July 27, 2023
きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい
『滑走路』の中で一番お気に入りの歌。滑走路で飛び上がる翼はどんな翼だったのだろう。死にたい気持ちが抑えきれない中、その空へと駆ける翼はどんな手触りだったのだろう。何度も心の中で反芻する。
平成でいちばん売れた歌集、『滑走路』。死にたい夜に寄り添う一冊だ。