女性の「痩せ願望」は今の社会ではあって当然だとも言えるが、その中でも医学的に痩せすぎている人々は「摂食障害」であるとされる。
しかし、それは病であって病ではないという考え方もあるのだ。何故なら、以下のような記述もある。

人によってはその状態に満足していたりしますし、あるいは、かつてそうだったことに郷愁を抱く女性や、むしろこれからそうなりたいと願う女性もいるからです。

このように「痩せることがすべて」の女性のことを、『瘦せ姫 生きづらさの果てに』という本の中ではタイトルのように「痩せ姫」と呼んでいる。
ここでは「胸も生理もいらない」と言う彼女たちに、スポットを当てていこう。

痩せ姫

画像引用:Amazon

激しい痩せへの執着や、依存を見せる彼女たちが理想としているのは、第二次性徴を迎える前の少女もしくは少年のような体型。

「中学生のときから、大人の体型になることに抵抗があって、胸が大きくなるのも、腰が大きくなるのも嫌でした。少年のような体型に憧れ続けてきました。小学生の細い女の子とかを見ると、すごくうらやましいから。ああなりたい、あれだけ細い脚になりたいと思います」

そうしてこうなってしまうと、冒頭に書いたように子供のまま「胸も生理もいらない」という考えに至る女性は少なくない。
しかし、第二次性徴完了後に痩せても、胸はなかなか小さくはならず、生理についても太ればすぐに再開してしまうのだ。
それ故に、葛藤を抱える摂食障害者は多いだろう。

「私は胸が大きくなる前に拒食になったので、成人するまで、胸は小さいままでした。でも最近、体重が増え、胸がふくらみ始めたことに戸惑っていて、20キロ台に戻りたくなっています」

 また、ある人はこう言いました。

「10歳くらいで拒食になれば、一生、生理を経験しないで済むこともあるってことだよね。私はかなりの低体重でも生理が来てしまうから、うらやましいな」

このような考え方は未だ少数派であるために、多数派からすれば理解しがたいであろう。
女性の自己実現のあり方としても、結婚し、出産し、というのがまだまだポピュラーである中、種の存続を妨げるような痩せ姫の考えは異端視されかねない。

ただ、これはあくまで「多数派」と「少数派」の問題だったりもする。結婚しない人や、出産しない人が、世の中の半分以上になれば、多数派と少数派の立場はたやすく逆転してしまう。
そうして、誰も結婚や出産をしない世の中になれば……。

このような世界観で書かれた小説が存在する。
SF作家・小松左京の『オルガ』だ。

舞台は、40世紀。そこでは文明の極端かつ変則的な発達により、子作りは科学が代行してくれるようになっています。便利で清潔で無痛なものをよしとする人類の感性が、性行為や出産を野蛮なものとして嫌うようになり、また体力的にもそれに耐えられなくなった結果です。

 それでも、快楽というおいしいところだけは残したい、ということで「オルガ」という液体が生まれます。これをふたりないしひとりで飲むことにより、生殖とは完全に切り離された性的興奮を味わえる仕組みです。

この世界では、キャラクター全員が瘦せ型である。
力仕事からも解放されている上に、性行為や出産もしないのであれば、筋肉も脂肪も必要最小限でいいのであろう。

長い目で見れば、人類の生態は心身ともに大きく変化しますし、それにあわせて「多数」と「少数」のバランスも変化します。いつか本当に「胸も生理もいらない」世の中が来ないとは誰も言いきれないのです。

人は、テレビや携帯電話、原子力発電、ロケットなど、かつては空想の産物でしかなかったものを次々と現実に生み出した。
更にはすでに試験官ベビーやクローンなど「生殖」のかたちを科学によって大きく変えようとしている人類だ。
そこを考えると、『オルガ』の世界が現実化することも、ただの絵空事ではないように思える。

そんな時代に蔓延する摂食障害という病、そして「胸も生理もいらない」と考える女性たちの増加。こうした現象はおそらく、偶然ではないでしょう。むしろ、人類の一大転機を象徴するものとしてとらえることができそうです。

 すなわち、瘦せ姫という存在はまだ少数派ではあるものの、いずれは多数派になるかもしれません。異端というよりは、先駆けだと考えることも可能だということです。

実際、私はこれ程までではないが、痩せ姫の傾向がある。
一時期34.9キログラムまで落ちたが、現在は体重が戻りつつあり、今は安心と不安が混ざり合っている精神状態だ。
不安といえば、ただ「40キロ台になるのが怖い」というものであるが、きっと他人からすればこのような思考は異端であるとされるのであろう。

痩せたい、痩せたままでいたいという思いがあるというのは罪なことであると思っていた私だが、この記事を読んで、そこまで体重の問題にしがみつく必要はないのではないかと思えた。
もしかすると、痩せていることが当たり前の世界がやって来るかもしれないのだ。それならば、私だって「当たり前」なのである。

もちろん「痩せ姫」であることを推奨するわけではない。しかしそれにこだわり、体型に関する価値観を押し付ける必要もない。
ありのままの自分を認め毎日を生きることこそが、その人の生き方であり、損のない人生であるのではないだろうか。

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