fbpx
2019.10.10:フリーペーパーVol.43発刊!

プロ野球の歴代助っ人外国人選手の話は楽しい

独特の名前やユニークなエピソードが豊富な助っ人外国人選手

たまに、野球好きの友人との間で「昔こんな助っ人外国人選手いたよなぁ」なんて話で盛り上がることがあります。その独特な名前や当時の成績、ユニークなエピソードなど。今回は、歴代助っ人外国人選手に関していろいろと思い出してみました。

なぜ助っ人外国人選手の話題は面白いんだろう?

まず何より名前ではないでしょうか、助っ人外国人選手の名前って独特な人が多い気がします。「デストラーデ(元西武)」や「クロマティ(元巨人)」など、一発で覚えられちゃう名前の人って結構いませんか?

あと、各選手に関するエピソードが面白かったりするというのもある気がします。例えば「クロマティ」は、野球以外にもドラムが叩けるとか。

個人的未だに覚えている助っ人外国人選手たち

では、たまーにしか開けない、自分の脳内の「助っ人外国人選手」の引き出しを開けてみました。記事にした割には大してマニアックな名前の選手は出てこないと思いますが、話題のきっかけにお楽しみください。あと、僕がホークスファンなので、ホークス選手が気持ち多めです。

ケビン・ライマー

1994年〜1995年、ダイエーホークスに在籍。入団した年に26本のホームランを打っています。成績もさることながら、血の気が多くよく乱闘を起こしていたという印象が強い選手。ダイエー時代の助っ人外国人で血の気の多い選手と言えば、ケビン・ミッチェルもいましたが、ライマーもまた強烈な選手でした。

ドゥエイン・ホージー

1997年〜1998年、ヤクルトスワローズに在籍。入団当時、とにかくバカスカ打ちまくってたという印章が強く(入団初年に38本)、それと同じぐらい愛嬌あふれる姿が非常に印象的で、当時大流行していたプリクラのシールを大量に貼りまくったヘルメットを被ってニッコニコしてる姿が今でも忘れられません。

ペドロ・バルデス

2001年にダイエーホークスに入団、入団初年に打率4割の好成績を記録し、当時のホークスの主力打線の一員でした。では、なぜ彼のことを未だによく覚えてるのかというと、当時の活躍ぶりもそうですが、彼がホークスに在籍していた時期、某ラジオ局の野球中継のラジオ番宣CM内にて「バルデス、ガンバルデス!」と言わされてたのが、当時妙に切なくて、今でもたまに思い出しては「うーん・・・」と何とも言えない気持ちになってしまうからというのが原因です。

ビル・ガリクソン

1988年〜1989年、巨人で活躍した投手。世代的にはちょっと前の選手なので、動いてる姿はあまり覚えてないのですが、巨人時代に当時チームメイトだった桑田真澄と仲が良く、すごくお世話になったことから、自分の息子のミドルネームに「クワタ」と付けた、という素敵なエピソードが印象的だったことと、何故か我が家で「ガソリンみたいな名前の野球選手」としてお馴染みだったことから、僕の脳内にこの名前が深く刻まれています。

クリス・ジョンソン

最後に比較的最近覚えた選手を。2015年広島東洋カープに入団。近年の広島大躍進に大きく貢献している選手の一人で、海外出身選手として史上2人目となる沢村賞を獲得しました。

そんなジョンソンが入団した2015年のある日、先輩から「広島にカート・ラッセル(俳優)そっくりな選手が入ったぞ!」との一報があり、写真を確認してみると、本当に若い頃のカート・ラッセルにそっくり!個人的に彼が出演したSFホラーの傑作「遊星からの物体X」が大好きなこともあり、「広島のカート・ラッセル」と勝手に呼んでます。現在では髪型もスッキリして、そこまで似ていませんが・・・

エピローグ

この他にも名前がとにかく印象的だった「ラジオ(元ダイエーホークス)」、歌がすごく上手かった「アニマル・レスリー(元阪急ブレーブス)」など・・・この手の話題はたまーにやると、いろいろと盛り上がって楽しい話題のひとつです。

今この記事を書きながら、結局最後まで思い出せなかった「裁縫が趣味の助っ人外国人選手」の名前が思い出せないので、ご存じの方はご一報お待ちしております。

最新情報を購読しよう!

就労継続支援・就労移行支援事業者様へ

HIFUMIYO TIMESでは毎月フリーペーパー版を発行しており、各エリア版の加盟店を募集中です。福祉事業者に最適なブランディングと広報力をご提供します。詳しくはお問い合わせください。