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2024/11/10:フリーペーパーvol.104発刊!

下を向いて歩こう

前を見ないって悪いことですか?

私は前を向いて歩くことが苦手です。いつも俯きがちに歩いてしまいます。もう無意識にそうしてしまうようになり、よっぽどのことがなければ、私の視界に入るのは地面と他人の足ばかりです。

俯きがちに歩く理由

どうしてそうなるのか?
なぜかと言ったら、私にとって歩くときに目に入ってくる情報量は、多過ぎて脳がパンクしそうになってしまうからです。例えば、自宅の中や自分が住む団地の中では、景色や環境が変わらず安心感を覚えます。しかし、街中にいけば走り回る車、ビルの窓からの光、歩き回る人々……。

常に景色や環境が変わるところでは緊張感を感じるので、出来るだけ負担になる情報を入れないようにするために、俯いて歩くようになったのかもしれません。

そもそも人混みが苦手ということもありますが、見知らぬ人は本当に見知らぬまま過ぎていきます。他人とコミュニケーションを取る時に、ある程度、心を許していなければ、その相手の目を見ることが出来ないというのも理由のひとつになるのかもしれません。「街」というだけでも刺激が強いのに、ぞろぞろとすれ違う人々の姿を見るのは苦しいです。

視線を上げる必要がある時を知りました


そう言いますが「前を向かなければならない」環境下では顔をあげることを意識しています。食事を取る店やカフェ。洋服を売っている店舗。そして、友人の前。相手も私の顔を見ることを意識してくれている時は、アイコンタクトまでは出来ませんが、その顔はきちんと見るようになりました。

本当に他人であれば顔を見たくないですが、ある程度のコミュニケーションが必要となれば、こちらも応えることは大事だと今更気づいたのです。しかし、この当たり前のことを理解するのにかかった時間はとても長かったと思います。

コミュニケーションの苦手さを隠して

私は気心の知れた友人を作ったり、また、きちんと向き合える人を作ることが、他の人より時間がかかります。

こう言うと、私の周囲にいる人は「嘘だあ」と言う人がいます。

確かに私は、おとなしいタイプではないし、喋ることが嫌いというわけでもありません。むしろ、私と話して楽しかったと思ってもらえたなら、とても嬉しいです。
ですが、それこそ自分のテリトリーにずかずかと入り込んでこられることが苦手なので、他人との距離感は自分なりに意識しているつもりです。だからこそ、情報過多でありながら不意にすれ違う他人に不安感を感じてしまうのではないかと私は思っています。

結局、前を向かないことが、自分を守るためのひとつの術になっているのです。

どうしたらいいか考えても

ふと気がつけば、私は世間を見ていません。もう苦手どころか怖いと言ってもいいくらいです。普通の街中でも緊張するくらいで、イメージとしては常に街が移り変わるので、ずっと旅行をしている感覚です。なので、遊びに行くとなっても、同じ場所に行ったり、同じルートで遊んだりすることが多くなっています。

俯きがちに歩いていても、他人の足元は見えるし、目の前に何があるのかも大体分かります。それでも危険なことは分かっています。おまけに普通の靴だけではなく、ヒールを履きながらもそうしてしまうので危ないとは思っていますが、こればかりは改善されません。
この不安感、そして恐怖感はいつ、どうしたら良くなるのでしょうか。色んなものを信じていないわけではないですが、色んなものを同時に受け付けられないために私は下を向いたままです。

下を向いたままでいることを許して下さい

いつからこうなってしまったのか、いつまでこうなのかは分かりません。さすがに人の顔を見るようにと意識するようにはなっていますが、前を向かないことを怒られたことがないので、これが治る見込みは今のところありません。
それに、前を向かないことが自由で、向くことのほうが不自由だと感じています。なので今はこのままでいいと思っています。いつかもっと大人になって、これが許されない時がやってくれば治そうとすると思いますが、許される限りこのままです。

これはプラスに取られることではないはずです。それでもこれが、私が許している私で、上手く生きるための方法だと思っています。

そして私を苦しませる世間が、こんな私を許してくれればいいと、願っています。

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