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2018.11.10:フリーペーパーVol.32発刊!

彼との時間は夢の中で塵になり冷えていく

 教会の鐘の音に、ライスシャワー。私はウェディングドレスを着て、タキシード姿の彼に手を引かれて歩く。
「ずっと一緒にいようね」
 彼の声がそう聞こえた。私は頷いて、彼の手を握りはにかんだ。隣で彼がクスッと笑った気がした。その声が何度も何度も反響した。

 ピピピッとアラームが鳴る。
「……夢か」
 ふかふかなベッドの上。1人だった。カーテンの隙間から陽が部屋に侵入してきている。はあ、と息をついて、のろのろとベッドから降りた。キッチンに向かい、コーヒーを煎れている間にパンを焼く。コポコポと音をたてるコーヒーメーカー。チンっと音がして、パンも焼けた。その頃には夢のことなんてほとんど忘れていた。

 手のひらから砂が落ちていくように忘れていってしまう夢を、繋ぎとめようともしなかったからだ。そう思う頃にはもう何だったかも分からなくなっていた。

 パンを取り出したときに冷蔵庫の中が空っぽになってきていることに気が付いて、休日の朝から買い出しに出かけていく。普段ならこんな時間に買い出しに出る必要はないのだけれど、今日は街がそわそわとしている。この地域で大きな花火大会があるからだ。昼にはもう人が集まってきているだろうし、夕方、夜なんてもっての外。
スーパーで、適当に食材をカゴに入れていく。暑いな。そう思って、きゅうりとハムと卵と中華麺を買って帰った。

 私は花火大会に行く気力はひとつも無かった。人混みは苦手だし、実のところ、この部屋から花火は見えるのだ。買った食材をビニールの袋から取り出し、冷蔵庫の中に入れていく。
 顔に冷気が当たって、気持ちがいい。一通り入れ終わって、私はクーラーを点けた。部屋が少しずつ冷えていって、暑くてふやけた身体が元の形を取り戻していった。

 何だか今日は何もやる気が出ず、ぐだぐだと過ごしているうちにカーテンの影と外の色が混ざり始めた。夕暮れだ。カーテンを閉めようと思って窓際へ行くと、外には大勢の人がいるのが見えた。みんな、家族連れだったり、カップルだったり、子供たちだったり。雲ひとつない絶好の花火大会日和にはしゃいでいる。私がそんな気持ちを忘れてしまったのはいつからだろうか。そう思って、落ちていた砂をまた握ってしまった。

 ずっと付き合っていた彼氏がいた。もう、あと数年で結婚するだろうと思っていた。けれど、2年前に別れた。別れ話をしている時には、もう一生立ち直れないのではないかと思っていたけれど、時間が過ぎてしまえば、そうでもなかった。長いようで短い時間の中で、何度も話をしたことが良かったのか、私の中はすっきりと整理されていたのだ。別れ話を切り出したのは彼だったけれど、結局「別れよう」と言い切ったのは私だった。

 それから、新たな出会いがあるわけではなく、今の私は1人だ。外はもう夜になって、けれど屋台の光で夜景を見ているかのようで、チラチラと光る電球が人々を照らしている。お祭りは現実だけれど、非現実のように思えた。

 今でも、時々彼の夢を見る。それは心がまだ彼を求めているからだろうか。しかし、それにショックを受けることはないし、すぐに忘れてしまう。むしろ夢の中にある曖昧な夢のために、彼の影はどんどん薄くなっていった。
 街にドン、という音が響く。私は窓際に立ってカーテンを握り、外で色鮮やかな花火が花開くのを見ていた。
 次々に空が彩られていって、一瞬の美しさを縁取る。カーテンを閉めて、キッチンへ向かった。朝に買った食材で料理をした。

 ドン、ドン、と外で空が鳴る。

 私はその音を聞きながら、心の奥底にある彼との思い出が散っていくように感じた。彼の声がどんどん小さくなっていった。

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