前回のあらすじ

自身の仕事のあり方に悩む主人公、翔。彼は学生時代の親友……龍の言葉を思い出していた。「当たり前に、囚われるな。そうしないと、いつか苦しむぞ」その言葉通りなのか、苦しい毎日が続く。果たして「はたらく」とは、どういうことか?

 

朝早くから、子供たちの笑い声が聞こえる。

俺はというと、疲れた身体は栄養を欲しているのに、自ら朝食を作ることすら億劫で、とりあえずコンビニにでも行こうと、フラフラと家を出たのだ。それにしても、子供は元気だ、と感じる。

俺の住むアパートの近くには公園があるのだが、平日だろうが、休日だろうが、子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。俺にもあんな時代があったのだと思うが、それはとても現実離れしていて、目を輝かせながら遊ぶ子供たちを見ていると、俺とは全く別物の存在であると思えてしまう。

……ナーバスになっていた。

俺は足取り重く、公園沿いの横道を歩いて行く。

そうして角を曲がって、目当てのコンビニに入ったのだった。

 

コンビニに入ると、一瞬視線を感じたように思えた。しかし、来客の度に鳴るチャイムに反応してしまった人が居たのであろうと気にも留めず、俺は食料品のコーナーへ向かった。すると後ろから突然、肩を掴まれる。

「相変わらず、つまらなさそうな顔してんな」

そう、出会い頭から失礼なことを言ってのける奴なんて、あいつしかいない。振り返るとそこには、

「……龍」

大正解。と彼は言って、笑う。

俺は少し、驚いていた。彼の風貌が大きく変化していたからだ。

肩まで伸ばしていた髪は切られ、キラキラと光を反射していたそれは黒に染まっている。また、軽くウェーブがかけられていて、学生時代とは一変、とても人当たりの良さそうな男になっていた。

「おまえ、どうしたんだよ」思わず言うと、

「俺は変化がないと生きていけない男なんだよ。それにしても翔は、どこも変わらないなあ」そう返されて、俺は言葉に詰まる。

「まあまあ、こんなところで立ちっぱなしもなんだから、出ようぜ。久しぶりに一緒に飯でも食おう」そう言って、スタスタと先へ行ってしまう龍を追いかけて、俺は何も買わないままコンビニを出たのだった。

 

龍が向かった先は、コンビニからそう遠くない位置にある喫茶店だった。俺もその店は知っていたが、古びたビルの一角にある、木製のドアを開ける勇気は今まで無かったのだ。

龍は、椅子に深く座って、メニューを見ている。俺はその向かいで、キョロキョロと店内を見回し、どうも落ち着かなかった。薄暗い店内。無駄に明るい学生食堂で、髪に光を反射させながらラーメンをすすっていた男が、目の前でコーヒーとサンドイッチを頼んでいる。

とても不思議な感覚だ。龍と同じものでいいと言って、俺は椅子に深く座り直した。

冬に春 第二章

「で、最近どーなの?」龍が、メニューを畳みながら言う。

「最近どう……って、まあ、仕事だよ」

「続いてるんだ」

「辛うじて、な」

俺が言うと、なるほど、だからそんな、つまんねえ顔してるんだな。と、龍は笑った。

「そう言う龍は、どうしてるんだよ」

「俺は、バイトしてる」

「え?」

「古本屋のバイト」

こいつは180度人間が変わってしまったのか。驚いて、俺は目を瞬かせる。

「そんなびっくりするなよ。バイトだぞ、バイト」

「でも、お前は、暫く働かないって」

「俺は変化がないと生きていけない男だって言っただろ、それに何年前の話だよ」

店員が、すっとやってきて、俺たちの間にコーヒー、そしてサンドイッチを置いた。

龍は静かにカップに手を触れて、一口飲む。俺も同じようにそれを口にした。熱い、コーヒーだ。

冬に春 第二章

「あの頃の俺とは違う。いや、違わないけれど、違う。根っこは、変わっていないんだ。ただ、伸びている枝葉が違うだけ」

一気に捲し立てた彼は、そうして何事も無かったかのように、サンドイッチにかぶりついた。

 

text by Suito Aoi|蒼井スイト
Illustration by Iwasaki Sisters|いわさきえりこ・いわさきまりこ