あれから、もう10年目に入ろうとしています。

2008年のM-1グランプリで、一度準決勝で敗退した漫才コンビ「オードリー」が、敗者復活から最終決戦に勝ち残り、準優勝に輝いたあの大会から9年が経過しました。

その後数年にわたりオードリーのテレビ出演は途絶えること無く続き、若林正恭、春日俊彰ともに人気を維持したままげ現在は芸人として安定の地位を築いています。

2008年のM-1で優勝を飾った NON STYLE よりも、当時のオードリーはテレビ出演では上回っていたのではないでしょうか。

ちょっとした論争にもなった「オードリー」と「NON STYLE」はどちらが面白かったか?も、懐かしく思い出されます。

3位だったナイツも含め、どのコンビも人気実力ともに衰えを知らず、今も芸に磨きをかけ、視聴者を楽しませてくれています。

そらを見なきゃ困るよ

オードリーを見たのは2008年のM-1が初めてだったという方が、きっと多いだろうと思います。
私は、その前からオードリーを見ていました。

そこは、彼らが芸を披露する主戦場としていたショーパブ・キサラではなく、インターネットテレビ GyaO! の配信番組「そらを見なきゃ困るよ」という番組でした。

メインMCは AV女優の蒼井そらで、オードリーはアシスタントとして番組を盛り上げていました。
主なコーナーは「大喜利あおぞら甲子園」「カスガクイズ」など。

その他、若林のブログ「どろだんご日記」に上がっている文章を罰ゲームとして春日が音読するコーナーもありました。今ではブログも読めなくなっているし、「そらを見なきゃ困るよ」を今の GyaO! で見ることもできません。

驚きとわくわく

オードリーが売れない芸人として必死だった時代と、M-1で一躍全国的に有名になった直後とを見比べて、彼らの芸が突然向上したとか変わったとかいう印象は持ちません。

もちろん、テレビではテレビ向きの芸を披露しなければならないし、テレビ放送の規制はインターネットテレビのものよりずっと厳しいのでしょう。ですから、M-1準優勝以前のオードリーの方が、売れない当時の彼らの悲壮感も相まって、自分にとってはおもしろい存在でした。

オードリーが忙しくなってからたびたび、そらを見なきゃ困るよ、の代打を努めていた事務所の先輩「大輪教授」が、「あいつらどこまで売れんだろうな?」と言っていたことも懐かしく思い出されます。

将来のことは分かりませんが、本当に安定しましたね。

オードリーはなぜ売れたのか?

オードリーがなぜ売れたのか、なぜあれほど人気が出たのかということについて、確定した一つの理由を出せる人はほとんどいないでしょう。彼らの先輩である芸人「バカリズム」は、オードリーを「圧倒的な清潔感」があると評しています。

売れだした2008年末当時から、オードリーは特に先輩芸人から高い評価を受けていました。
TOKYO FMのラジオ番組、松本人志の「放送室」では、松本人志と高須光聖がM-1でのオードリーの1本目のネタが一番面白かったと評しています。

オードリーがパーソナリティーを務めていたラジオ番組「オードリーのシャンプーおじさん」などでも、最終決戦で1本目のネタをそのまま繰り返してやれば優勝していただろうと、2本目のネタについてなぜあれだったのかという指摘も、多くの先輩芸人から受けていることです。

当初、春日の分かりやすい芸の裏で息を潜めていた感のある若林ですが、抱え続けていた闇の部分を出しはじめると途端に世間の評価は春日と逆転していきました。

とはいえ、春日は春日で自分の特徴を生かすピンの仕事に出演していたし、オードリーはそれぞれがピンの仕事に出ることも多く、若林と春日がそれぞれ生き生きと番組を楽しんでいる様子がなにより魅力的でした。

彼らが売れた理由は、漫才が極端に上手かったとか話芸が極めて優れていたとかいうこと以上に、視聴者、制作側ともに含めて「需要に適応する能力が優れていた」ことではないかと個人的に思っています。

現代の視聴者は、毎日毎日テレビ番組をじっと目を凝らして見るわけではありません。
音量を落としてなんとなくBGMのようにテレビをつけている状況では、ドギツイ内容の爆笑が必ずしも必要とされているわけでもないのかも知れません。

カット、編集も自由なテレビにおいては、CM前に使える引っ張りの言葉も必要ですし、漫才するなかでは重要な笑いの流れも、編集で操作出来ることなのかもしれません。

若林のその後の活躍は特にめざましく、「IPPONグランプリ」優勝、CMへの出演、映画出演、自著の発売、ダ・ヴィンチでの連載からの書籍化、など、活躍の領域を広げ続けています。

何度もお笑いをやめようとした自分を引き止めたのは春日で、春日に救われて今があるという内容を、深夜放送「オードリーのオールナイトニッポン」でも若林は話しています。

オードリーが優れて漫才が面白いか、という点については評価の分かれるところだと思います。
しかし、彼らが売れたことについて、自分は疑問を持ちません。
売れるのは必然だったと思います。

若林の実力は秀でているし、春日の不器用さは若林を引き立て、オードリー全体の面白さを引き上げています。

清潔感を備えた彼らは謙虚に勉強して稽古を重ね、自信満々というわけではないけど一つひとつの仕事を精一杯つとめ、売れない時代の自分たちを忘れること無く、しかし卑下することも無く、今できる自分たちの最高を私たちに見せてくれているのだと思います。

そういう手作りの面白さが、私には魅力的です。