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2018年4月「精神障害者の雇用義務化」、広がる障害者雇用の可能性

2018年4月から、「精神障害者の雇用義務化」が始まります。

これだけ聞くと、企業は精神障害のある人を雇わなければいけないの?と思われるでしょうが、新しい制度が施行されても精神障害者の雇用が義務となるわけではありません。

従業員50人以上の企業に対する現在の障害者雇用率は2%です。

そして、雇用率を算出する対象となる障害者に、現在のところ精神障害者は含まれていません。

2018年4月から法定雇用率が2.3%へと微増し、算出する対象に精神障害者を含めてもいいことになります。つまり、新しい制度が施行されても、精神以外の障害者で必要な人数を確保していれば未達成企業に対する罰則としての障害者雇用納付金、月額5万円は発生しません。

現在は、精神の障害者を雇用しても雇用率への計上すら出来ない状況にあります。企業としては障害者の雇用を自社のイメージアップに役立てたいわけですから、国が定めた制度がそのようなものであれば、障害者全体における精神の雇用率が身体・知的に比較して極めて低いのも当然だと、納得さえしてしまいます。

雇用者側のメリット

来年4月から新制度が始まり、精神障害者を雇用した企業は、それらを障害者雇用率に計上できるメリットが生まれる分、若干の精神障害者雇用率は上昇するかもしれません。

それでも、精神に障害のある人に、自分に厳しく根気強く長期的に仕事を継続できない特徴のある人が多いことは知っています。

そのような中でも、障害者に対して偏見なしに対等な労働力としての価値を見出して社会参加の機会を与える必要性も強く感じています。

同時に、身の回りで仕事の話をしている人の声が聞こえてきても、彼らの話が「〇〇B型作業所だと〜円しかもらえないけど、△△A型作業所なら〜円もらえる」という賃金の話に終止している様子や、いかに容易な仕事内容で高額な報酬を得ようとしているかという内容しか聞こえてこない場合、

精神障害者への風当たりの強さに対する怒りは消えないまでも、企業の用意する障害者雇用枠と賃金の額にばかり批判の矛先を向けてはいられないとさえ、思えるのです。

能力のミスマッチ

仕事を任せれば順調に業務をこなすだけの能力を備えていながら、「精神障害者」というレッテルを貼られ、就職の機会をことごとく奪われる人も見てきました。

一方で、精神障害者という認定を受けていないだけで、仕事の実績が特になくても、とりあえず就業の入り口には立たせてもらえる健常者もいます。

少なくとも、障害者と健常者のどちらがやっても、内容的にもスピード的にも同じくらいの結果を残せるような仕事の存在することも感じています。

それは、障害者福祉施設や市役所などの清掃や食堂での陳列などの作業に限ったことではなく、数式や言語を多用するプログラミングや、行動や判断の機敏さが要求される建造・製作、多くの人とコミュニケーションをとって仕事をまとめる調整業務など、その他無数にわたるあらゆる業種に関しても、同様に存在することを感じます。

しかし、1,000人の成功例があったとしても、自分の障害を言い訳にして責任をまっとうしないたった1人の仕事のために「だから精神障害者に仕事なんて任せられない」という雇用者の声が生まれるのです。

このような、長年に渡り蓄積してきた負の遺産に対し、障害者および障害者の権利を守る立場にある人たちが雇用者に対する非難ばかりしていても、雇用の機会は寸分たりとも好転しないだろうと思います。

精神障害者が持つべき意識

非難からは関係の歪みしか生まれないし、非難すればするほど自分の立場を危ういものにしかしないことは、多くの社会人が知っています。

何度も求人を出して無駄な経費を掛けなくてもいいように、精神障害者に対しても同じく、仕事を覚えたら責任を果たして長く勤めてもらいたいと考える経営者が増えていることも事実です。

もちろん、精神障害者の仕事に対する否定意見がまだまだ根強く存在することも知っています。

そんな中、障害を持つ人も活躍できる社会を構築するために、周囲がサポートしようという風潮が日本でも育ってきました。

精神に障害のある人を普段から目にする機会の多い私の客観的な目線でも「甘ったれている、お金を受け取って仕事をすることに対する責任意識が低い」人が多いことも、否定しません。

それは、彼らが年齢に応じて社会人として要求されるべきだった責任の場からどんどん引き離されることにより育ってしまった悪しき習慣とも言えます。

そして、悪しき習慣を育ててしまった一因も、社会進出の機会をことごとく否定してきた旧来型の経営者にあり、障害者に寄り添うことを職業とする、社会福祉士、介護福祉士、精神保健福祉士たちの、障害者に甘えを許すだけの応用力の乏しい対応にも起因していると思うのです。感じるのは、厳しく鍛える習慣の不足です。

おそらく、2018年4月から少しずつ、精神に障害のある人たちに対する雇用者数は増加するだろうと思います。これまでと違って、雇用率の算出にカウントできるようになるわけですから。

それでも、数にばかり気を取られて当の精神障害者が自分の立場に危機感すら持たず、職務への責任感も薄く、これまでのように依存意識の強いままなら、雇用関係における自分の居づらさは悪化していくだけでしょう。

能力の高い多くの精神障害者を当初から切り捨て、人材として見ようともしない雇用現場が変わらなければならないとすれば、制度が変わるべきはもちろんですが、むしろ変わるべきは精神障害者当人と、彼らの心を育てる福祉関係従事者の側です。

当事者は「厳しく」自分に接し、常に職責を意識しなければなりません。今まで、精神の障害者に対してそういった社会教育は不足していたと思います。

職業に対して最も要求されるのは、専門技能ではなく当たり前の責任感です。

安定して長期にわたって働きたいなら、障害の有無にかかわらず精神障害者自身が、自分の心の面から改革していかなければなりません。

挑戦する焦らない少しだけ歯を食いしばる、など。協力はもちろん受けながら、頼れるのは自分だけなんだと、まずは思うことです。

どんな革新も、1歩目はそこにしかないのだから。

http://company.fvp.co.jp/glossary/detail08/

via:障害者雇用コンサルティングのFVP

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