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過去の傷で生きる。メンヘラの就活とドロップアウトの人生

障害を抱えながら就活をする、もしくは一般企業に勤めている人は多い。診断された障害はなくとも自身の特性を理解しているが故にその生きづらさと葛藤し、もがきながらも日々生きている人がどれだけいるだろう。おそらくほとんどの人間が日々悩みながら生きているはずだ。そんな葛藤を抱え生きる現代人が、ひっそりと抱いている「人から見てダサくなく恥ずかしくない、こじらせていない自分」という理想。そんな自分を保つ方法はあるのか。

媚びない・かっこいい生き方は可能か

誰にも媚びずに自分の好きな仕事をして、トレンドを取り入れた服装を見にまとい、たまに旅行に行ってたまに美味しいものを食べ、適齢期には平均的な立場や収入を手に入れ、いわゆる「理想的な大人像」になれているか。私の場合「こんなはずじゃなかった」と日々思っている。実際には理想と現実はほど遠いものだ。と、日々の忙しさに溺れながら理想との溝を埋めている人は私だけではないはずだ。

そもそも、女性誌に出てくるような理想的な人は多くは存在しないという現実に気づく年齢になってしまった。とはいえ目立って突出していなくでいいのだが、平凡な人生もやはり嫌だ。

パニック障害とサブカルメンヘラ女子

個人的には精神疾患を持つ人の事を「メンヘラ」と一言で片付けてしまうのはどうなのか、と思っている。『傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』というエッセイを出版している小野 美由紀さんは、タイトルにもある通りパニック障害を抱え生きる自らを”メンヘラ”と称し、平均的な人生からドロップアウトしたきっかけからこれまでの生き方を真っ直ぐに綴っている。

生きづらい現代、居場所を探す多くの若者に”与えられた安定”はほぼ皆無だ。自らの手で居場所、未来を切り開いていくしかない。現代の若者の不安定な足場のなさを理解している大人はまだまだ少ない。

著名人の名言をシェアし、自己啓発本を読みあさり、SNSで必死につながる。さも意識高い系と言われがちな行動だが、自らを武器に生きていかなければいけない若い層には必然的ともいえる。

もしくは逆に、自分が無い現れとも言えるのかもしれない。

以外と少ない、ドロップアウトしているという認識

政府が今、働き方改革を始めようとしている。5時ピタ退社、ワイフワークバランス、テレワーク(在宅ワーク)…。多くの働き方が提案され、新しい言葉が生み出される中、このように自由な働き方を実行できる人間はまだまだ少ない。

新しい働き方ができる人間は、やはりそれなりに企業側から欲しいと思われる、本人にしかできない仕事を持つ人材だけなのではないだろうか。自由で新しい働き方ができない、言い方を変えれば誰でも代替が利くようなその他大勢の人はこれからどうすればいいのか。非正規雇用が40%を超えている日本。大卒後20代前半から40年近く毎日スーツで会社に通う。30半ばに家を建てる。60過ぎに孫が生まれる。これまで当たり前とされてきたロールモデルは存在しない。

これからのロールモデルはおそらく「個」それぞれで違う。そもそも従来のロールモデルからドロップアウトしていると認識できず、かといえばどこに行くでもない、ふわふわと彷徨う人が多いようにも見える。

生きづらい」という点ではおそらく誰しもが平等だ。

http://www.gentosha.jp/articles/-/3548?page=2

via:幻冬舎plus

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